AIは便利や。わいも使っているし、もっとええ使い方があったら知りたい。
ただ、上から「AI使え、使え」と言って、使い方まで決めて下に振ったら、かえって失敗するんちゃうかと思っている。
例えば、コードレビュー。
「今後、コードレビューではAIレビューを必須にします」
ぱっと聞くと、品質も上がりそうやし、レビューする人の負担も減りそうや。
でも、現場で本当にそうなるんやろか。
正しい指摘やけど、今回そこまで直すんか?
AIにコードを見てもらうと、指摘が出てくる。
ここの処理は共通化した方がええ。この書き方は統一した方がええ。この分岐は整理できる。
読んでみたら、言ってることは分かる。的を射ている指摘もある。
ただ、担当者の頭の中では、別の計算が始まる。
「いや、そこ、俺が今回直したコードちゃうし」
「そこまで手を入れたら、ほかの機能にも影響するやん」
「その影響試験、この工数じゃ無理やで」
コードだけ見たら改善した方がええとしても、今回の改修範囲、納期、テストに使える時間まで含めて、今やるかどうかを判断せなあかん。
目の前の仕事を終わらせようとしている人間からすると、重箱の隅をつつくような、クソ指摘ばっかりに見えることもあると思う。
指摘が間違っているから腹が立つ、という話でもないんよな。正しいけど、今その仕事を増やすんか、という話や。
AIレビューが必須になると、「直さない理由」も成果物になる
そこで「AIレビュー必須」という運用だけが先に決まっていると、指摘を読んで終わりにはならん。
今度は、一件ずつ扱いを整理することになる。
「本指摘については、今回の改修範囲外であり、既存機能への影響および追加の検証工数を考慮し、今回は採用しませんでした」
みたいな文章を書く。
指摘を分類して、採用するか判断して、採用しない理由を記録して、必要なら説明する。
……あれ?
生産性が上がるどころか、QC工程が一個増えただけちゃうかw
AIが指摘を出すところは速い。でも、その後の判断と説明は現場に残る。
しかも、既存の人間のレビューや納品前の確認は、そのままやったりする。
新しく増えた手順を全部こなした結果、担当者が「今日はAIの指摘への回答で終わったわ」となったら、何のために導入したんやろな。
「使ったかどうか」の確認が目的になると、しんどい
もちろん、見つかった重大な問題は、ちゃんと扱わなあかん。今直す必要があるなら、範囲も工数も含めて相談することになる。
ただ、「AIに指摘されたことをどう判断するか」という現場の仕事を置いたまま、「とにかく全件レビューにかけて、結果を残してください」とだけ言われると、しんどい。
担当者が考えるのも、だんだんこうなっていく。
「これを使ったら、どう楽になるんやろ」
から、
「この必須工程、どうやったら早く終わるんやろ」
便利な道具を試す気持ちより、提出物をそろえる気持ちが強くなる。
それって、もったいなくないか。
若い子には「これ便利やから、使ってみてー」くらいでええ気がする
わいが下の若い子に勧めるなら、もう少し軽く振りたい。
「これ、めっちゃ便利やから使ってみてー」
「なんか、ええ使い方あったら、おっちゃんにも教えたってなぁ」
そのくらいの方が、結果としてうまくいく気がする。
コードを読むのに使う人もいるやろうし、テストの観点を出してもらう人もいるやろう。説明文を書くのに使って、「これ、地味に助かりますわ」となる人もおるかもしれん。
自分が今困っているところで、まず一回使ってみる。
そこで楽になったら、次も使いたくなる。
「先輩、これ、こう頼んだらええ感じになりますよ」
そんな話が出てきたら、こっちも覚えられる。若い子から教えてもらうのも、全然ありや。
おっちゃんが使い方まで全部決めんでも、ええやろ
AIって、触っているうちに「あ、ここにも使えるな」が見つかる道具やと思う。
最初に決めた使い方だけに押し込めてしまったら、その現場の人が見つける便利さを、拾い損ねるかもしれん。
せっかく自分より若くて、違う発想をする人がいるんやから、試してもらって、ええ使い方を持ち寄ったらええ。
わいも別に、AIの使い方を全部知っているわけやない。
一緒に触って、便利やったところを教え合って、仕事が楽になる使い方を増やしていく。
AIを使うことが、また一つ「やらされる仕事」になるのは、もったいない。
わいは、まずこのくらいの距離感で勧めたい。
「便利なん見つけたから、使ってみ。ええ使い方あったら、わいにも教えてな」