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AIすげぇ。生産性が上がるとか言うてる場合じゃなくなってきた

AIすげぇ。生産性が上がるとか言うてる場合じゃなくなってきた

AIで生産性を上げよう。AIを使って業務を効率化しよう。

もちろん、それはそうなんやけど。

最近はもう、「人間が今までの仕事をちょっと速くできるようになる」ってレベルの話をしてる場合じゃない気がしてきた。

仕事をするのは誰なんか。人間は何をするんか。そもそも、働くって何なんか。

そのへんが、まとめて変わってしまいそうや。

今日はその「AIすげぇ」から始まる、ワイの未来予測を書いてみる。未来予測というより、今の延長線上にこんな世界があったらどうなるんやろ、という妄想に近い。数字も含めて、確定した話ではないので、そのつもりで読んでほしい。

仕事を振って、コーヒーを飲む

最近、Codex、Claude、GitHub Copilotにそれぞれ作業を指示して、自分はコーヒーを飲んで、煙草でも吸いながら、スマホで時々進捗や確認事項をチェックする。そんな仕事のやり方を試し始めた。

……と書くと、めちゃくちゃ優雅に聞こえるな。

実際は、まだ全然うまくはいかん。指示が足りなかったり、意図と違う方向へ進んだり、結局こっちが確認して直したり。「任せたつもり」が「やり直しの予約」になってることもある。

それでも、仕事の感覚は変わり始めている。

自分の手を速く動かすというより、複数のAIが動けるように、仕事の流れを組む感じや。

そこで鍵になる気がしているのが、「ハーネス設計」。ここでは、AIが仕事を進めるための指示、使える道具、確認のタイミング、困ったときに人へ戻すルールまで含めた、仕事の仕組みづくりのことやと思っている。

何を渡すか。どこまで任せるか。何をもって完了とするか。どの段階で人間が見るか。

これをうまく組めるかどうかで、同じAIを使っていても結果はかなり変わりそうや。今後は、いろんな仕事で「自分ができること」だけやなく、「AIが動ける環境をつくれること」が大事になっていく気がする。

気づいたら、ワイが進捗を詰められていた

この変化を、ちょっとした寸劇にするとこんな感じ。

ワイ「この作業お願い。10件ごとに進捗報告して。こっちは○○準備しとくわ」

AI「完了しました。○○の進捗はいかがですか?」

ワイ「……まだです」

いつの間にか、AIに仕事を振ったはずのワイが、進捗を詰められてる部下になってた。

いや、お前、仕事早すぎやろ。

笑い話ではあるんやけど、これが当たり前になったら、仕事のボトルネックは人間になる。AIが止まっている理由が、「ワイの準備待ち」「ワイの返事待ち」「ワイの決断待ち」になるわけや。

コーヒーを飲む時間が増えると思っていたら、自分の判断の遅さが可視化される。なかなか厳しい未来やな。

AIに手足がついたら、話はもっと大きくなる

今は主に、画面の中の作業を任せている。

でも、ここに物理的な手足がついたらどうなるんやろ。

ワイが想像しているのは、一人一台、ペットボトルくらいのサイズの、変形できる汎用ロボットを持ち歩く世界や。必要なときにはアームになったり、ちょっとした作業を代わりにやってくれたりする。

「これ持っといて」「これ運んで」「これ片づけといて」。そんなお願いが、スマホで調べ物を頼むくらいの感覚になる。

もちろん、小さい機械で重い荷物をどう運ぶのか、電源はどうするのか、安全に動けるのか、という問題はある。ペットボトルサイズは、今のところワイの願望や。

ただ、AIが考えるだけでなく、現実の物を扱えるようになる方向へ進んだら、任せられる仕事の範囲は一気に広がると思う。

そうなると、「AIで仕事が楽になる」の先に、「人間がわざわざ仕事をすること自体が、貴重になる」世界が見えてくる。

生きるだけなら、そんなにお金がいらなくなる?

ここからは、さらに大きな妄想や。

AIとロボットが多くの仕事を担うようになったら、人間に残る仕事はかなり減るかもしれん。全体の目的を決めたり、AI同士を調整したり、最後の判断をしたりする仕事に、少数の人が関わる形もあり得る。

そこで浮かぶのが、ベーシックインカム的な仕組みや。

AIとロボットが生み出した豊かさを、社会全体に分配できるなら、メシを食う、寝る、住む、服を着る。そういう生活の基本については、仕事をしていなくても困らない世界をつくれるかもしれない。

さらに、人の手に頼っていた生産や物流のコストが大きく下がれば、いろんな物の値段も下がるんちゃうか。

ワイの妄想では、今の感覚の10分の1くらい。「生きていくだけなら、そんなにお金がいらん」という世界や。

ただ、これは値段の予測というより、極端な仮定やな。人件費が減っても、資源やエネルギー、土地、設備のコストはある。それに、安くつくれるようになった分を、企業がそのまま値下げするとも限らない。

AIがたくさん働くことと、みんなの生活が楽になることの間には、分配の仕組みが必要になる。技術ができたら自動的に解決、とはいかなさそうや。

物は安くなる。でも、人に会うのは高くなる

一方で、逆に値上がりするものもある気がする。

それは、人と人が関わって、感情を満たすものや。

芸術、音楽、ライブ。キャバクラやコンカフェみたいに、誰かとの時間そのものを楽しむ場所。

作品やサービスの一部をAIがつくれるようになっても、「この人がやっている」「この人と同じ場所にいる」「この人に自分を覚えてもらう」という価値は残ると思う。

むしろ、いろんなものが簡単に手に入るほど、特定の人に、自分のための時間を使ってもらうことが贅沢になるんちゃうか。

人間の一日は24時間しかない。会える人数にも、ライブ会場の席にも限りがある。

物の値段は下がるのに、人に会うための値段は上がる。そんな、同じ世界の中でデフレとインフレが並走する未来を想像している。

もちろん、友達としゃべったり、身近な人と過ごしたりすることまで、全部が富裕層専用になるとは思わん。ただ、人気のある人との時間や特別な体験は、ますますお金のある人に集中するかもしれない。

生活はできても、誰かと生きるのは難しくなるかもしれん

この延長で気になるのが、恋愛や結婚や。

一人で生活するのに困らなくなったら、生活のために誰かと一緒になる必要は薄くなる。AIとの会話で寂しさがある程度埋まるなら、人間関係の面倒くささを避ける人も出てくるかもしれない。

それでも誰かと一緒にいたい人はいる。そのとき、「この人と過ごしたい」と思ってもらうハードルは、今より上がるんやろか。

さらに、生活の最低ラインは保障されても、自由に使えるお金や、人との出会いの機会に大きな差が残ったらどうなるか。恋愛、結婚、子育ての選択肢まで、一部の人に偏る可能性はある。

少子化がさらに進む未来も、ワイには想像できる。

ただ、そこで子どもを持てた人を「遺伝子が優秀だった」と考えるのは違うと思う。お金や環境の有利さと、遺伝的な優劣は別の話や。

怖いのは、誰かが選別を命令しなくても、社会の仕組みが、家族をつくれる人を事実上ふるいにかけてしまうことや。食っていけるかどうかだけを解決しても、それで人間の幸せが全部解決するわけではないんやろう。

その未来の入口で、ワイはまだ準備をしている

AIが働いて、人間は働かなくても生きられる。

そんな未来は、楽園にも見える。でも、誰がAIを持っているのか。生み出された豊かさをどう分けるのか。人間同士の時間やつながりを、どう持てるのか。そこ次第で、かなり違う世界になりそうや。

ワイはまだ、複数のAIに仕事を任せるだけでも四苦八苦している。

それでも、「AIを使ったら作業が速くなりました」で話が終わらない感じは、もうある。

仕事を任せる仕組みを考えながら、その先の、人間が何をして生きるのかまで考えさせられている。

……とか考えている間に、AIから通知が来る。

「作業が完了しました。そちらの準備はいかがですか?」

すみません。まだです。

未来は来てる。ワイの準備が追いついてないだけや。

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